MaDO.4
2024/12/31
ここにいると躍動感あふれる
せいやさんの
語りを聴くことができます
せいやさんの父親は
地元では有名な画家で
大きな会場で展覧会をすると
テレビ局なんかも取材にくるような
有名人だったそうです
だけど 妻や子どもには厳しく
暴力を振るったり 生活費を渡さなかったり
そんな父親に対して
ずっと怒りや憎しみを抱えていました
勉強は不得意だけど
絵を描いたり
ジオラマを作ったりすることは
とても好きで
中学時代にはコンテストで
金賞なんかももらったりしていたそうです
そんなせいやさんが
病院の待合室で診察を待っていたとき
付き添っていた看護師に
「あそこ(MaDO)のギャラリーを観て
俺もここで展覧会をしたいなーって思ったんだよね」と
ちょうどそのとき
MaDOでは「あーちゃん」の展示会をしていたときで
せいやさんはだんだん弱って車椅子に乗るようになり
治療にもだんだん限界が迫ってきていたときでした
だけど そのとき その瞬間は
2人とも とてもワクワクする感じになって
本人も「俺、ケント紙じゃないと描かないよ」と
紙にこだわりを見せたりなんかして・・・
せいやさん 描きたい絵はいっぱいあるのに
だんだん体力的にもしんどくなってきて
「明日になったら描くよ」というけど
やっぱり明日になっても描けなくて
展覧会をしたいってのは
せいやさんも看護師たちも同じ気持ちで
どうしたものかと思い悩み
いろいろ考えた結果
せいやさんが描きたい絵を
私たちが代わりに描こう!!
ということに
お隣さんから猫をもらったお礼に
ポルシェの絵を描いてプレゼントした話し
仕事も住むところも無くなって人生に絶望し、首をつるロープを買って京都の山奥で死のうと決意したときに握ってくれたおにぎりが美味しかった話し
戦闘機や戦車の模型に憧れた青年時代
地獄のような飯場で庭に放たれた
シェパードから逃げ切った話し
他にもいろいろ
ケアの現場で
せいやさんから描きたい絵を語ってもらって
描いた絵をせいやさんにもてもらって
額縁もみんなで作って
展覧会の話しをしているときは
体調がどうとか
痛みがどうとか
食事をどれだけ食べたとか
どれくらい排便が出たとか
せいやさんも
私たちも
そういうことから
ちょっと離れることができて
ただ せいやさんも 私たちも
展覧会をやりたいけど
どうやって 展覧会をすれば良いのか
いまいち よく分かってなくて
そんなとき
ご近所で「アート」を仕事にしている人たちが
力になってくれて
展覧会をひらくために
せいやさんと何度も会って
せいやさんの気持ちを汲みながら
展覧会の話しを重ねていました
あっという間に
部屋から出ることが叶わなくなり
もうそんなに時間が残されていないことは
せいやさんも私たちもわかっていました
せいやさんの部屋で
せいやさんと私たちだけの
展覧会を開催しました
介護ベッドを置くと
もうそれだけで
部屋がぎゅうぎゅうになるような広さの
ワンルームマンションです
その頃になると もうほとんど
声を聴くことができない状態でしたが
せいやさんの語りを聴いて描いた絵を
部屋いっぱいに飾ると
一つひとつの絵に込められたエピソードを
語っているせいやさんのイキイキとした声が
部屋いっぱいに響いているようでした
最期のときも
これらの絵に囲まれていました
いま MaDOで
展覧会を開催することができました
せいやさんが描いた2作品です
せいやさんとの約束を果たせてホッとする気持ちと
ふたたび元気な声を聴くことができて
懐かしさや嬉しさやおかしさが混じり合っています
となりの訪問看護ステーション側の壁には
せいやさんの語りを聴いて
看護師たちが描いた絵を飾っています
せいやさんの語りは
全部聴くと50分くらいかかります
じっと聴いていると寒くなりますが
1エピソード5〜7分程度なので
体調に合わせて ぜひ語りも聴いてみてください
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